なぜマスの広告屋がアフィリエイトに恋したのか?
■アフィリエイトは既存の広告屋にとっては自己否定
「タイトルも、小見出しも、意味がよくわからない」
そう思った人もいるかもしれません。
「アフィリエイトは広告の一種」と、一般には思われていますから。
けれど、新聞、テレビなどのマス広告をはじめとする、掲載や制作で稼いできた媒体や制作者にとって、「商品が売れると言った直接的成果が出なければ、媒体にも、制作者にも金は払われない」と言う「成果報酬型」のアフィリエイトを認めることは、ほとんど自己否定です。
にもかかわらず、デパートの宣伝部、大手広告代理店の子会社、そしてフリーランスのコピーライターという、いわゆる既存の広告屋の道を歩んできたわたしが、なぜアフィリエイトに恋したのか、その思いを綴っておきたいと思います。
■バブルの広告業界で抱いた疑問
わたしはバブル真っ盛りに大手広告代理店の子会社にいました。
バブルだったことが原因しているとは思いますが、この時、わたしは、消費者はもちろん、クライアント企業のことさえ後回しで、「広告そのものが話題を呼ぶこと」最優先のクリエーターや、利益率最優先の営業を見てしまいました。
彼らは、「商品に惚れこんで、コピーを書く」同僚たちよりも、出世街道にいました。
イメージづくりに貢献するマス媒体の広告は価値が高く、迷っているお客様の背中を、最後の一押しするパンフレットやチラシは「クズ仕事」と見なされていました。
広告効果が測りにくい既存広告でなければありえない世界です。
わたしは、その前に、外商より売り場が強いデパートで、売り場と直接話して、広告に取り上げる商品を選び、チラシにコピーを書いていました。
そして掲載後、売り場で「おかげで、○千個、売れたよ!」と直接成果を確かめていました。
バイヤーに、メーカーへ連れて行ってもらい、作り手や仕入れ手の思いも聞いていました。
だから
広告屋は、作り手や売り手と、使う人との幸せな出会いを作る仕事
だと思っていました。
けれど既存の広告業界では、そういう広告屋はあまり評価されないという現実がありました。
■アフィリエイトに恋して
アフィリエイトは、基本的に実際の売上などに貢献した者が報酬を得る仕組み。制作者の自己満足の広告では稼げない仕組み。
この仕組みを知ったとき、「これぞ本来の広告」と思いました。
まあ、現在では、必ずしも、本当に売上に貢献した者が適切な評価を得られない現実や、既存の広告のイメージアップ効果が逆に不当に低く評価されるようになった問題もわかってきました。
それでも、アフィリエイトという仕組みが、一般人の代理店業、広告業への参入を可能にしたことには、さまざまなメリットがあったと思っています。
■作り手、売り手とユーザーの新たな出会い
食品偽装をはじめとする最近の食品の問題の一因として、買い手最優先の価格が挙げられます。
しばしば、作り手の現実を無視して、「買ってもらえる価格」が決まっています。すると、本来削ってはいけない経費まで削らざるを得ません。
※この問題は書き始めると長いので、参考図書として「日本の「食」は安すぎる―「無添加」で「日持ちする弁当」はあり得ない (講談社プラスアルファ新書)
」を挙げておきます。
ユーザーはもっと作り手や売り手を知り、互いに信頼関係を結ぶべきではないでしょうか。
商店街の自分ちで作ったお惣菜を売っている、おさななじみの店に、相手が困るほどの安値は要求しないですよね?
大量生産の時代に、スーパーマーケットなどの大量販売の時代に、作り手、売り手と買い手は相手を知らなくなり、相手への思いやりをどこかで見失いました。
アフィリエイトやレビューブロガーは、買い手だけではない、もっと視野の広いユーザーを生み出した
と、わたしは思っています。
そう思いませんか、徳力さん。
徳力さんのこの記事を読んだら、思わず、わたしはこれを書きたくなったんです。
徳力さんがAMNで開催してきたブロガーイベントに参加したブロガーたちと話していて、この記事のようなことを感じていたから。
今日から店頭に並ぶわたしの新著 も、作り手、売り手と良い関係を結ぶユーザーを増やしたくて書いた本です。
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